ALSのご家族へのメッセージ|ALS家族が語る体験談〜在宅で暮らすALS患者と家族の方へ〜

こんばんは、あすぴです。

前回の記事は、「ALS患者と訪問看護|ALS家族が語る体験談〜ALSと在宅医療介護チーム〜」というテーマでお届けしました。

ウチくる看護1周年記念企画最終回となりました!

今回はALS患者さんの在宅療養におけるご家族の思いを、体験談を踏まえてお伝えしていきます。

ALSを抱える患者さんへの支援は、患者さん本人だけでなくご家族への支援も重要になります。

前回に引き続き、ALS患者のご家族であるMさんへのインタビューとともにお送りしますので、ぜひ日々の業務にお役立てください。

目次

ALSの家族としての思い

あすぴ

これまで3つの記事で、ALSの発症からお亡くなりになるまでのYさんとの療養生活について様々な視点でお話しいただきました。
今回は、ご家族としてこれまで主介護者であるMさんが感じてきた思いをお聞かせいただければと思います。

Mさん

はい。
僕がYさんと過ごした日々の中で強く感じたことは、「どのタイミングで破綻してもおかしくない」ということです。

あすぴ

これまでの記事をまだお読みでない方は、下記よりお進みください!

僕が犯罪者になっていてもおかしくなかった

Yさんの在宅療養が始まり、しばらくは1日10時間の支援時間の給付しなかったことと、人手も足りない状況が続いていました。

そのため、僕は介護に加えて仕事や子育て、家事で11時間、睡眠時間は3時間という日々を送っていました。

そんな中、自身もALS患者でもあるKさんから、連絡がありました。

Kさんは言いました。

「Yさんの人工呼吸器を意図的に外したいと思ったときには、必ず連絡してね。」

支援時間や人員が十分でない状態で、先を見越した発言でした。

Kさんの予測通り、忙しい中で思うように支援体制も整わず、僕は精神的にも体力的にも追い詰められている状態でした。

Kさんは当時の僕を「今にも人を殺めてしまいそうな目をしていた」と言います。

僕たち家族は、訪看さんやヘルパーさんのおかげでなんとか1日1日を繋いでいました。

ニュースで介護疲れによる事件を聞くことがありますが、明日は我が身だと感じます。

YさんがALSと宣告された時に、なぜどうしてこうなってしまったのか、長女が生まれなかったら、長男が生まれてなかったら、自分と出会わなければ、自分が生まれてこなければとこれまでの選択を全て否定していました。

正直にいうと、目の前の横断歩道を渡っている普通の暮らしを送る家族を、車ではねてしまいたいという感情が湧いてくることもありました。

幸いにもYさんが死ぬまで「人工呼吸器を外してしまいたい」と思った事はありませんでしたが、振り返ればもう少し精神的に追い詰められていたら、それは僕が当事者になっていた可能性があると考えることがあります。

支援を確保するために役所と戦ったこともあった

このままではいけない、と役所に支援時間を拡大してもらえるよう何度も足を運びました。

ヘルパーさんが妻を見ていてくれる時間には1人で役所に向かいましたが、妻を連れて行かざる終えない時もありました。

車椅子に乗った妻を連れて役所に申し立てをしますが、役所の担当者の返答はいつも「次の判定会で申請します。」でした

あまりに役所の返答が煮え切らないため、頭にきた僕は「もう介護は続けられません。妻のことはここに置いていきますから、お願いします。」と妻を残して立ち去ろうとしたこともありました。

今思い返せばとんでもない夫だと言われるかもしれませんが、それくらい、もうギリギリの状態だったのです。

思いも寄らない僕の行動に、役所の担当者は「わかりました、次の判定会のときには、支援時間を増やします。」と言いました。

こうして少しずつですが、支援時間を給付してもらうことができました。

何か支援を受けたいと考えたときには、自分で調べ役所に直接行きどこに行けばいいか教えてもらい、その課で必死に訴え続けなければ届かないことがほとんどでした。

支援時間を増やしてもらえなかったら、今の自分たちは無かったと思います。

介護を続けられたのは妻の「何かをしたい」という前向きな気持ちだった

こんなにも過酷な状況で、なぜ在宅療養を続けられたのだろうと振り返ります。

いつも僕を行動させるのは、妻の「何かをしたい」という希望だったように思います。

最初のきっかけは、看護師さんの言葉でした。

人工呼吸器をつけて2年が経過していました。

定期的に行っていたレスパイト入院から帰ってきた時のことです。

妻は僕に、「朝日を見にいきたい。」と言いました。

入院中、妻に関わってくれた看護師さんが、「朝日を見に行くといいよ。朝日は気持ちも明るくするよ。」と妻に話してくれたのだそうです。

妻から初めての外出の要望でした。

妻の願いはどうしたら叶えられるのか、と考えました。

同行する人員確保や外出に必要な物品、外出先でのトラブルに対応する方法や受診が必要になった際に必要な経路上にある医療機関の情報収集を行いました。

また、学生ヘルパーが4人一緒に行きたいと希望してくれました。

せっかくだから、本州で朝日が最初に見える場所に行こうと犬吠﨑へ行く事にしました。

その日はあいにく曇り空でしたが、朝日に照らされた雲がオレンジ色に輝く光景は今も鮮やかに記憶しています。

この初めての外出を通して、「何かをしたい」と明確な目標を持つことで色々なことを考えるきっかけになりました。

そして、妻や子ども、ヘルパーさんとともに見た朝日は、僕たちに生活する自信を与えてくれました

それから僕たち家族は、妻の希望する外出先を目標に、日々生活を続けることができました。

外出のきっかけを与えてくれた看護師さんには、とても感謝しています。

もしかしたら、妻は朝日がきっかけで病気を受け入れたのかも、と思います。

ALS患者とその家族の方へ

あすぴ

Yさんの14年間の介護を通して、現在ALSと診断された患者さんやご家族の方へ伝えたいことはありますか?

Mさん

僕が伝えたいことは、在宅療養をするにあたって「覚悟を決める」ということです。

在宅療養での責任は本人、家族にある

まず、在宅療養を始める方やそのご家族にお伝えしたいことは、「在宅起こる出来事の責任は本人や家族にある」ということです。

僕はALSを発症した妻の介護を始め、気管切開をしたときにこれまでの人生とは全く違う第2の人生の始まりだと感じました。

そして、全ての選択を妻であるYさんとともに検討し、介護者である僕が責任を持って決定をしようと考えました。

家にいる以上、病院とは環境が異なります。

家には主治医がいなければナースステーションもありません。

ヘルパーさんがいつも付いていてくれても、トラブルが起きた際には対応しきれないこともあります。

それでも家に帰るという選択はゆるぎませんでした。

第3章でお伝えしたように、僕はどの職種よりも長い時間妻のそばにいて介護をしてくれるヘルパーさんの目の前で気管カニューレが抜けた場合には、ヘルパーさんに気管カニューレを再挿入して欲しいとお願いしていました。

再挿入に伴い、妻に後遺症や何か命を脅かすようなことがあっても、全て僕の責任だと説明して一人一人と誓約書を交わしました。

僕たちを助けてくれる家族ではない人のせいにはしたくなかったのです。

「自分たちの家に帰る」という選択をしたのは、僕たちなのですから。

気管切開をして人工呼吸器を使用していたら、いつでも事故抜去や機械トラブルのリスクはあります。

極力リスクを減らしたいのであれば、ただ寝かせておくことかもしれません。

しかし、体が動かなくてもやりたいことや行きたいところ、見たい景色を僕は見てほしいと考えています。

そのためには、何かが起きた時の責任はご本人やご家族が持つべきであると思います。

僕が考える1つ目の覚悟は、「責任を持つ覚悟」です。

全ての人が行う行為は自分たちの代わりに行っていることを自覚することが重要です。

誰かのせいにしては、在宅介護はできないと感じています。

障害を武器にすると人は離れていく

次にお伝えしたいことは、「障害を武器にすると人は離れていく」ということです。

僕たちALSを抱える患者さんやそのご家族は、それぞれ進行の具合や療養の状況は様々です。

しかし、その診断がついたときの絶望的な気持ちは、どの方も同じくらい深いのではないでしょうか。

あの診断を受けた時の衝撃は、今でも忘れることができません。

絶望の淵から這い上がるときに、自身の気持ちを救うために障害を武器にしてしまう方がいらっしゃいます。

同じ境遇にいた僕はこの気持ちが、痛いほどによくわかります。

しかし、これでは支援者は離れていきます。

自分の身の回りに差し伸べられた手を、この武器で簡単に切りつけてしまうからです。

一度離れていった人は、2度と帰っては来ません。

僕の妻はよく言っていました。

「私たちに関わってくれる方はみんな家族と同じ」

「私たちはみんながいるから生きられる」

夜勤あけのヘルパーさんには「行ってらっしゃい」

訪問看護師さんが帰るときには「ありがとう」

2つ目の覚悟は、「病気を受け入れる覚悟」です。

今の治療では治らないから難病なのです。

現状を受け入れるしかないのです。

病気にかかったご本人より、主たる介護者こそが受け入れることが大切です。

在宅は「なぜ?どうして?」と病気を嘆くのではなく、今と近い将来、そしてもっと先の将来を考えながら行動することが1番だと思います。

もちろん自分にもいろんな葛藤がありました。

難病を抱える本人が受け入れるのには、時間がかかると思います。

でも、助けになってくれる人が必ずいます。

介護者の方は、難病によって生じた障害を武器にせず、支援してくれる人を大切にして欲しいです。

無理をしない、無理すると周りが見えなくなる

在宅療養を選択した全ての介護者の方へ、最後に僕が伝えたいことは、「介護者が無理をしない」ということです。

妻に関わってくれた方たちに聞くと、僕は「助けてください」と言える人だったそうです。

「助けてください」と言えない、言ってはいけない、自分がやらなくては、と思っている介護者の方はとても多いように感じます。

頑張ることは素晴らしいことです。

しかし、無理をすればするほど視野は狭くなり周りが見えなくなります。

僕の介護におけるポリシーは、「任せられることは全て任せる。自分で何でもやらない。」ということです。

3つ目の覚悟は、「人を頼る覚悟」です。

人を頼ることは、決して悪いことではありません。

むしろ、自分や家族だけで長い期間介護をするには限界があります。

介護者には介護者という側面だけでなく、家庭の中や社会の中に役割を持っています。

僕はYさんの夫として主介護者でありながら、父親としての側面や事業所の管理者としての側面もあります。

全てが僕を形作るものであり、どの役割も自分にとって必要なものです。

全てを遂行するには、時間も体力も足りません。

それはどの介護者の方も同じではないでしょうか。

僕が僕でいられたのは、たくさんの方のお力添えがあったからだと思います。

難病を抱える方だけでなく介護をする方も、人間らしく、それぞれの人生を大切にしてほしいです。

そのためには、無理せず他者を頼ることをお勧めします。

当時、僕たちにたくさんの手が差し伸べられたように、今度は僕が力を貸す番だと考えています。

もし、障害を抱える方の在宅介護のお悩みや、重度訪問介護の支援を必要とする難病を抱える方やご家族がいたら、ぜひ【なご実ケアサービス】にご連絡ください。

この記事を読んでくださる医療従事者の方も、いつか出会う障害を抱え在宅療養を行う患者さんのために、頭の片隅に置いておいて欲しいと思います。

僕のTwitterアカウント(なご実ケア@ALS)のDMからでもご連絡いただけます。

全国どちらにお住まいでも、オンラインで相談をお受けすることができます。

介護者である方々が自身の健康と尊厳を守り、大切なご家族とより良い日常を過ごせることを心よりお祈り申し上げます。

あすぴ

Mさん、1章から4章まで、たくさんお話を聞かせていただきありがとうございました!
訪問看護師の立場から、障害を抱える方の在宅看護について考えさせられました。

Mさん

長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
僕の方こそ、Yさんとの日々を改めて思い出すことができて、気持ちを新たに前進できそうです!

まとめ

今回は、「ALSの家族へのメッセージ|ALS家族が語る体験談〜在宅で暮らすALS患者と家族の方へ〜」をテーマに、難病を抱える患者さんを介護するご家族のリアルな心情をお伝えしました!

皆様の立つ現場でも今回の記事を参考に、介護をされるご家族の心の葛藤に寄り添い、いい方向に向かうことができたら幸いです。

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この記事を書いた人

総合病院で病棟勤務後、出産を機に訪問看護に転職。
訪問看護初心者であり、子育て真っ盛りの1児の母でありながら管理者に就任。3年半の管理者生活を降任し、現在は訪問看護師として働きながら新たな訪問看護師の仲間を増やすため初心者ブロガーとしても活動中。
お酒とホームパーティが大好きな30代半ばの働くママ。

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